【誕生日占い】12月7日生まれの姫たち
12月7日生まれの人の誕生日占いをひと言でいうなら、「サービス精神旺盛」です。パフォーマー、表現者として優れた素質を持つ人が多い。ここでは数秘術、ホロスコープ(西洋占星術)、過去に同じ誕生日に生まれた姫たちの人生から12月7日生まれを占います。
「12月7日」はどんな日?
12月7日といえば、「クリスマスツリーの日」です。1886年に横浜の明治屋に初めてのクリスマスツリーが飾られました。欧米でもクリスマスツリーが最初に飾られたのは1841年。ビクトリア女王の夫、ドイツ出身のアルバート公がドイツの風習をイギリス宮廷に持ち込んだのだそうです。以降、20年ほどかけてゆっくりとクリスマスの風物詩となっていきました。
12月7日生まれの特徴は?
12月7日生まれの人はどんな特徴があるのでしょうか?数秘術とホロスコープ(西洋占星術)から探ってみましょう。
数秘術から鑑る「12月7日」
数秘術では生年月日のすべての数字から運命数を算出しますが、ここでは「月」と「日」の運命数を見ます。
数秘術から見た12月7日とは、次のように占われます。
- 12月…「12」は数秘術で「3」として扱われる(「1+2=3」となるため)。「3」は日本では三つ巴、西洋ではトリニティなど、バランスと変化を表す
- 7日…「7」は固定を表す4角と、バランスしながらも動く力を秘めた3角の組み合わせ数。強く飛び出していくパワーを秘めた数字
- 12月7日…7日の運命数「7」は強く飛び出していくパワーを秘めた数字であり、12月の運命数「3」がエネルギーをうまくバランスさせる。
ホロスコープで鑑る「12月7日」
ホロスコープ(占星術)から見た12月7日は、いて座(射手座)です。この日はいて座の中でも、第二デーク「わし座」に属します。
12星座占い
いて座は「火、風、水、地」の4つのエレメントのうち、「火」に属します。行動範囲が広く、未知の世界に飛び込んでいくところがあります。
36星座占い
わし座には一等星のアルタイルがあり、夏の大三角を形成します。アルタイルは日本や中国では牽牛星ともいわれ、七夕の「織姫彦星伝説」の彦星です。
アルタイルはアラビア語で「飛んでいる鷲」という意味のため、古代バビロニアからあった星座ではないかと考えられています。鷲は現代でも欧米の紋章によく見られるモチーフで、視野の広さ、速さ、強さ、勇気、生命力などの象徴とされます。神や王の使者とされてきました。
12月7日生まれの姫たち
ここからは12月7日に生まれた姫たちの生きざまを見ていきましょう。同じ12月7日生まれの姫たちでも、運命に負けてしまった人あり、自ら運命を切り拓いていった人あり…やはり最後は自分次第といえるでしょう。
与謝野晶子
1878年生まれ、日本の歌人、作家。1900年代の文壇に20代女性の感性で鮮烈なデビューを果たし、以降、日本が繰り返し戦争をした時代を生きながら、多くの短歌を残しました。晩年までのライフワークだった「源氏物語」の現代語訳も有名です。
1910年代半ばからは、婦人参政権を求め、戦場に子供を送り出す国策「産めよ殖やせよ」「良妻賢母」には強く反発するなど、評論家としての活動も強めます。しかし時代の空気によって主義主張がかなり変化しています。
坂根田鶴子
1904年生まれ、日本最初の女性映画監督、映画製作者。溝口健二監督の初期の助手としてキャリアを積み、旧満州国にわたり、満州映画協会にて日本の戦時国策映画を制作しました。
森下洋子
1948年生まれ、日本人で初めて海外で活躍したプリマバレリーナ。「日本人には国際水準のバレエは無理」という偏見を打ち破り、世界各国で活躍、日本での後進の育成にも大きな貢献をしました。
12月7日生まれのあなたへ
12月7日生まれの人は、とびぬけた表現者としての才能を持っている人も多いようです。今まで考えたこともないような感性や完成度で大きな成果を上げます。
とにかくアウトゴーイングでクヨクヨするぐらいなら突き抜けていく、そんなところがあります。一方でサービス精神が旺盛で周囲の空気を読むあまり、ときどき判断ミスをしてしまうことも…自分に問いかける時間を取ることが大切です。
この記事の執筆者
誕生日が歴史に残っているということは、その人が何かを成し遂げたということ。歴史に名前が残る女性は、男性に比べてまだまだ圧倒的に少ないです。女性学者、政治家、経営者、官僚といった社会を変える力を持つ女性はなかなか増えないし、光も当たらない。社会を変えたパワフルな「姫たち」を、誕生日占いとともにご紹介します。